月夜夢幻 〜第四話

「誰か!いいから、早く電気点けろ!」
突然の音に飛び起きたメンバーの中で、大石が壁際で寝ている者に向かって叫んだ。
俊敏に動いたのは桃城で、手探りでスイッチを探しあてて押したのだが―― 点かない。
「なんだ、これ・・・?」
ようやく落ち着いてきた面々は、まず電気が点かないことに疑問を覚えた。
そんなはずがない。寝る前はたしかに正常についていたし、切れそうに点滅する事もなかった。
「ブレーカーが落ちてる、とか?」
真っ暗闇の中からまだ眠そうな声がする。
「さっきの音は雷だったんじゃないスか?それでブレーカーが落ちちまった、とか」
「けっ」
面倒な事になりやがった、とでも言いたげに海堂が吐き捨てた。

「俺が行ってくるよ」
大石がバッグをガサゴソとあさりながら、はっきりした声で言った。完全に目が覚めているようだ。
「どうせ真っ暗で、寝てるんだしさ〜・・・」
反対にまだ頭がはっきりしない英二が、目をこすりながら不安そうな声を出すが、大丈夫だよと返ってくる。暗闇の中でも、大石がいつもの顔で微笑んでいるのを感じられる。
「もしも泥棒とかだったら大変だろ?このままじゃ気になって寝られないし。それに、ほら」
大石の辺りからピカッとまぶしい光が現れ、全員が目を伏せた。
「うわぁっ!」
桃城や越前が驚いた声を上げた。
「・・・懐中電灯持参とは、さすが大石だな」
大石の顔が照らされてぼんやりと浮かび上がり、乾が苦笑している気配が伝わる。
「俺も行こう・・・だが、大石」
手塚がすっくと立ち上がった。
「懐中電灯で顔を下から照らすのはよせ」
自覚のなかった大石が周りを照らすと、まだのけぞって驚いている桃城と越前がいた。





ススッと襖を引く音が響き、出て行く二人の背中をを見送る。
スリッパのペタペタという足音が聞こえなくなった頃、乾が硬い声を出した。
「妙だな」
顎を触り、考え込むような格好になる。
「俺たちは寝ていただけだ。大量に電気を消費したわけでもないのに、ブレーカーが落ちるはずがない」
「そうだね」
えっ?と振り返った連中に、窓に近い不二はザッとカーテンを引いてみせた。
月の光が差し込み、互いの顔が分かるほどに部屋は明るくなる。
ぽっかりと浮かぶ月を背に、不二の声はいっそ無機質に響いた。
「停電が起こるような天気に見えるかい?」

窓から見える空は、曇っているのか星一つ見えなかった。
ただ、月だけが異様な明るさを放ち、自分たちを照らし出している。

「今日って、満月・・・?」
英二がぼんやりとした声でつぶやく。
気が付けば、全員が窓の月を眺めていた。闇にぽっかりと浮かぶ妖しい光に魅入られたかのように。

「いや、まだだろう。満ちるのは明日か、明後日ごろだ」

乾の落ち着いた声も、どこか遠かった。




一方、廊下を歩く大石と手塚も、月の光の中にいた。
「懐中電灯はいらなかったな」
大石がつぶやく。
一応かざしてはいるが、窓の大きくとられた廊下はそんなものが必要ないほど明るかった。しっとりとした光が隅々まで差し込み、昼間のようにとま ではいかなくとも幻想的な雰囲気を作り出している。窓の外では、リンリンと虫の鳴き声がしている。
「綺麗だな、月」
「ああ」
色気のカケラもない組合わせだが、二人はのんびりとした足取りで歩いていた。
事前にブレカーや非常階段の場所は確認してある。まさか本当に停電するとは思っても見なかったが。
泥棒とはいったものの、とくに不審な気配もない。個人の別荘ならともかく、客の泊まるペンションにわざわざ忍び込むのも考えにくい。
「なあ、手塚」
「なんだ」
こんなふうに切り出されるのは、何か腹にためているものを吐き出すときだと承知している手塚は自然に問い返した。
「越前の様子が、どことなく変だ」
さすがに聡いな、と手塚は思う。部員の体調もろもろに常に気を回すのが大石だ。
さっき、懐中電灯で照らされた大石の顔に驚いていたときは、まだ普通の様子だったが。
「騒ぎになる前、お前らが何か話しているのが聞こえたよ」
「起きていたのか・・・」
ちょっとした音でも目が覚めるんだよね、と大石は隣で困ったように笑う。
「合宿が終われば大会はすぐだからな。ちょっと気をつけといてやろ・・・」

声が不自然なところで途切れた。

「・・・大石?」
あたりが急に暗くなった。とっさに窓を見ると、どうやら月が雲に隠れてしまったらしい。虫の鳴き声もふっと途切れ、廊下はシンと静まり返る。
手塚が隣を振り返ると、さっきまでいた大石の姿がない。驚いて回りを見回すが、どこにもいない。

シンとした廊下。自分以外の気配すら感じられない。

手塚がもう一度大石の名前を呼ぼうとしたとき、かすかに袖を引かれた。

後ろを振り返ったが、誰もいない。そろそろと目線を下げると、越前ほどの背丈の少年が、こちらを見て笑っていた。






「遅いね〜・・・」
英二がぼふっと枕に突っ伏す。月は雲に隠れてしまい、また部屋の中は真っ暗になってしまっている。
しかし先に寝るのも忍びなく、みんなそれぞれの布団に大人しく座っていた。
「俺、見に行ってきましょうか」
桃城が口に出すものの、自分が行っても役に立ちそうな気がしなかった。 ブレーカーも、消火器や非常口の場所も、すべてしっかり把握しているのは情けない事に部長副部長だけなのだ。
「なんだよ越前、もう寝ちまったのか?」
隣でぼおっと座っている後輩に、わざと軽口で問いかける。起きているのは承知していたが、暇だと要らない事まで考えてしまうのだ。

「越前?」
桃城はハッと真顔になった。暗闇の中でも、越前が色を失くしているのを感じたからだ。
「おいっ!越前、どうしたっ!?」
「・・・越前?」
隣の布団からぼそっと聞こえた声に乾は驚く。海堂が桃城の声に、腰を浮かせたのだ。
ゆっくりと、越前の方に歩み寄っていく。
「・・・海堂先輩?」
越前も海堂の方を見上げた。
両者の瞳が、かち合う。
お互いが何事かを発しようとしたとき、違う音が部屋に響いた。

ギギィッ・・・ ギシッ・・・

「あっ、帰ってきた!」
英二がぴょこんと体を跳ね起こす。廊下から、静かに足音が聞こえたのだ。

ギシッ・・・ ギシッ・・・

ほっとした空気が流れた瞬間、不二がはっと息を呑んだ。
すぐさま同じ事に気付いた乾は、扉に駆け寄ろうとした英二の肩を掴んで止める。
「何?どしたのさ、乾」
「足音が・・・」

ギシッ・・・ ギシッ・・・

足音が徐々にこの部屋に近づいてくる。
つぅっと汗が背中を伝った。
「あいつらは二人で出て行った。けど足音は一人分しかない。それに・・・これはスリッパを履いている足音じゃないぞ!」
その言葉にハッとした桃城と海堂が、反射的にラケットを持って戸口に構える。

ギシッ・・・ギシッ・・・ ギシッ・・・


・・・ポーン・・・

近づいてくる何者かの足音に、違う音が混じった。

「これ・・・」
不二がごくりと息を呑む。
「ボールの音だよ」


ギシッ

足音が、まさに扉の前で止まる。

全員が食い入るように見詰める中、ズッ・・ズッ・・と遠慮がちに白い手が襖が引いた。








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