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大石がディスプレイの電源をゆっくりと落とした瞬間。 バンっと音を立ててドアが開いた。 「お待たせー!」 戸口から、先ほどのメイドがぴょこんと頭を覗かせている。 大石は慌ててノートパソコンを閉じる。 「ほら、タオルどうぞ。それに簡単なスープも作ってきたから、飲んでよ」 「あ、ありがとう・・・ミズさん」 「いーえ」 元気のいい笑顔を向けてくれる彼女に、大石も自然と微笑み返した。 淡いピンク色のワンピースの上から、白いひらひらしたエプロンをしている。胸元にはワインレッドの紐リボンを結ばれていた。自分より若干年下、14〜5歳というところだろうか。 ちょこまかと動き回るさまが本当に猫のようで、大石は知らず頬が緩んだ。 「大石、服もすごく濡れてる」 気安げに、ミズというメイドは雨で張り付いた大石のシャツの裾を引っ張った。 「着替え持ってきてあげるよ。これ、脱げば?」 「あ!・・・いや!!」 大石は慌てて遠慮する。 「それより、あの・・・お願いがあるんですけど」 話を逸らそうとするように微笑んだ大石を、ミズはきょとんとして見返した。 「お世話になることですし、こちらのご主人にお会いして――挨拶をしておきたいんですが」 そう言うと、はねっ毛のメイドはぱちぱち目を瞬かせた。 「へ?なんで?さっき会ったばっかじゃん」 「え?」 「会っただろ?周助さまがここの主人なんだよ」 「ええっ?!」 今度は大石が驚く番だった。 不二周助と名乗った先ほどの少女、どう見ても二十歳は超えていないだろう、と大石は踏んでいる。むしろ、自分と同じぐらいだろうと思っていたのだが。 もっとも、大石は仕事の都合上実年齢――17歳というのは隠しているのだが。 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした大石がおかしかったのか、ミズはくすくすと笑った。 「周助さまのお父様、ご主人様がが去年お亡くなりになられたんだ。それ以来ここの主人は周助さまなんだよ」 (そうだったのか・・・) 待てよ、と大石は気になっていたことを口にする。 一歩足を踏み入れたときから気になっていたことがあった。この屋敷には、他に人の気配がないのだ。 こんな広大な館なら、掃除等も維持も大変だろうに、他の使用人の姿も見かけていない。 「ここには、二人だけで住んでるのかい?」 「ん?にゃんで?」 無垢な瞳に見つめ返され、それは・・・と大石はもごもごと口ごもる。 「・・・いや、一応若い男の俺がいさせてもらうのは・・・」 ここの主人という不二周助も、このミズも若い女性なのだ。 ちとまずい、というよりも嫌な気がするのではないか。 「いや、かといって出て行けといわれても困るんだけど・・・あ!いや決して誓って何もしないが!」 顔の前で手を振り必死で弁解するような大石に、ミズはぷっと吹き出した。 「・・・っ、ははは!大石ってマジメ〜!」 ミズは、腹を抱えて笑い出す。 ばんばんと肩を叩かれて、大真面目だった大石は赤面してしまった。 思い切って言ってみたのだが、笑いを誘っただけらしい。 「・・・っあははっ。・・・はぁ笑った。でも心配いらないよ?他にももう一人・・・」 「いるからな」 ミズの言葉を繋げるように、低い男の声が聞こえた。大石は驚いて扉のほうを見返す。 そこには、長身の青年が立っていた。 白いシャツに黒のスラックス。眼鏡をかけて、恐ろしく整った顔立ちをしている。射抜くような強い視線と威圧感に、大石は瞬間気圧されそうになった。 「あれー手塚、来たんだ?」 「ああ、不二が客だと言っていたからな」 慣れているのか、ミズは親しげに手塚と呼ばれた青年に擦り寄っていく。すると、くるりと大石のほうへ振り返った。 「ねーねー大石、こいつ幾つに見える?」 「へ?」 「年だよ、いくつだと思う?」 青年を観察していたら、急に話を振られて、大石はまじまじとその青年を見る。その雰囲気からして、自分より十は上だろうと瞬時に思った。 大石が思ったままを口にすると、手塚という青年は露骨に眉間に皺を寄せ、ミズはやっぱり〜と爆笑した。 「手塚国光。・・・17歳だ」 むっすりとしかめ面で言われる。 「えっ?!す、すいませ・・・」 「気にするな。それと・・・敬語もいらん。どうせ同年代だろう」 霧で迷うとは災難だったな、とスッと手を差し出される。 「ああ、大石秀一郎だ。お世話になるよ」 その手を握り返しながら、実は同い年なんだけどな、と内心大石は苦笑した。 尊大で生真面目そうな風貌。だが向けられる真っ直ぐな眼差しに、大石は好感を持った。 「――しかし、すごい雨だな」 「ほんとだね〜、二、三日続くかもしれないよ」 手塚とミズは、窓の外を見ながらほのぼのと談笑している。 ミズが淹れてくれたお茶を飲みながら、大石は窓際に立って外を見ている二人をそれとなく観察した。 (・・・不思議なとりあわせだな) 酷い霧で道に迷って、たどり着いた大きな館。 ミズも手塚も、玄関で会った不二という若き女主人も。 皆一様に若い。そして、どうでもいいことだが実に整った顔をしている。 大石はお茶を淹れてくれるミズをまじまじと見つめた。 (さっきまではゆっくり顔も見れなかったけど・・・) ミズというメイド姿の少女は、見れば見るほどとても可愛らしい容姿をしていた。 赤い跳ねっ毛、くりくりとした大きな瞳に、華奢な猫のような肢体。特に肌など、透き通るように白い。ほくろ一つ見つかりそうにない白磁の肌だ。 ――美しすぎてまるで、作り物のような気さえする。 「・・・神隠しの、森」 ミズと手塚が、ゆっくりとこちらに振り向いた。 大石は顔の前で手を組んで、ぼそっと呟いた。 「ここに来る途中、地元の人から変な話を聞いたんだ。この森ではよく、人が消える・・・って」 大石が探るような瞳を向けると、ミズは自分にもお茶を淹れながら笑った。 「この森は霧が出るからね〜、迷う人多いらしいよ。大石もこの館をを見つけられて良かったね」 「たしかにな。下手したら白骨死体になっていたかもしれんぞ」 「うげっ、それは危なかったな、俺」 何でもないことのように笑い声が起きる。 そう、深い深い霧の立ち込めるなか、不思議と大石はこの屋敷に辿り着くことが出来た。 まるで、得体の知れない何かに導かれるかのように。 「手塚は、不二さんの親戚か何かなのかい?」 名字が違うことは承知で尋ねると、否の返事が返ってきた。 「俺は居候として置いてもらっているだけだ」 「使用人にしちゃ、態度デカいだろ?」 ミズが快活に笑った。 たしかに不二、と呼び捨てにしていた辺りからもかなり親しい間柄だと大石は推察していた。同じ年頃の者ばかりなのだから、友達同士のように親しい間柄なのだろうが。 (イマイチ、関係が読めないんだよな・・・) 何故三人だけでこんな山奥に暮らしているのか。 大石の胸に疑問が宿ったが、おくびにも出さず微笑んだ。 「・・・ミズさん、ごちそうさま。美味しかったよ」 大石はスープ皿をテーブルの上のトレイに返した。 「そう?良かった、お客さんに食べてもらうなんて滅多にないから、ちょっと心配だったんだ」 さてと、とミズは立ち上がる。 「ひっさびさのお客様だかんね。張り切って夕飯つくるから、楽しみにしててね大石!」 「ありがとう、ミズさん」 ミズは腕まくりをして肩を鳴らす。 およそ女の子という雰囲気を感じさせない子だった。しかし快活で健康的な愛らしさに、大石は知らず頬を緩ませる。 (――本当に可愛い子だなぁ・・・) メイドといっても、家族のような気安いものなのかもしれない。人懐っこくて明るい様子は見ているものを和ませるものがあった。 「あ、手伝うよ」 カップやスープ皿を片付けようとしたミズを、大石はとどめようとした。 「いいよ、大丈夫・・・あっ!!」 肩に触れた弾みで、ミズがバランスを崩した。 ガシャンッ! トレイが床に転がり、床に落ちたカップが割れる。 勢いよく飛んだカップの破片が、ミズの右頬をざっくりと傷付けた。 「ミズさん!!」 大石は顔面蒼白になってミズに駆け寄った。慌てて頬を確かめる。 「ごめん!大丈夫?!怪我は・・・」 ミズの頬には二センチほどの傷が出来ていた。大石は焦りながら、それでも冷静にトランクの中から救急セットを取り出す。 「大石、平気。だいじょうぶ・・・」 「何言って、ほら、見せ・・・!」 その瞬間、大石はあることに気付いた。 ぱっくりと裂けたミズの頬。しかし、そこからは一滴の血も流れていない。 「・・・どう、して」 大石はおそるおそるミズの頬に触れてみる。 シミ一つない白磁の頬。しかし、そこにはおよそ体温という温かさがなかった。 「――っ!!」 傷口を覗き込むとそこには、赤や青のコードのようなものが見え隠れしていた。 固まって動けない大石に、手塚は一つため息をついてカップを置いた。 「大石・・・」 手塚の声に、大石がこわごわ振り返る。その口からは、信じられないことが告げられた。 「ミズは人型ロボット・・・アンドロイドなんだ」 2 |