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「不二・・・お前のクラスも進路希望調査が来ただろ」 唐突な問いかけに、ああと不二は頷いた。 「来てたよ。もう出したけど」 「どうした?」 自分の声が酷く真剣なものになっているのが分かる。 「お前は進路、どうした?」 不二は寝転んだままこちらに顔を向ける。 「高等部に、進学するよ」 まったく何の迷いもない、はっきりとした声だった。 「テニス、高等部で続けるのか?」 「それはまだ分からない」 「えっ?」 乾は目をむいた。 高等部に進んで、テニスを続けないわけがないと思っていた。 「まだ迷ってるんだよね。だってタカさんがいないからダブルスもアレだし。何より手塚が居ないから、張り合いがないんだよ。乾だってそうじゃない?」 「はっ?」 「そうじゃないの?目標が、強い奴がいなかったら張り合いないじゃない。だから乾もテニス続けるか迷ってるんでしょ?」 だからエスパーかお前!! てゆーか、そうなのか俺? 乾は初めて自問自答した。 (手塚が、いなくなるって…) 「手塚がいなくなって、ボクが勝ちたいと思う人は部内にいなくなる。正直そんな状況ってボクにはつまらない」 ああ、たしかに不二はそういうタイプだな、と乾は思う。 テニスに心血なんか注いでいないというように飄々とした顔で、でもスリルを求める彼は自分を脅かすものにこそ激しい炎を燃やす。 だからこそ、彼はNO.2という位置を決して譲らず、手塚を追い続けた。 自分は、どうだったのか。 「俺も・・・手塚が目標だったな」 そうだ、あいつがいなくなると思うと、急にテニスが色あせて感じてしまう。 「もともとテニスは好きだったけど、たしかに手塚が居なかったらここまで強くなれなかったのかもな」 ああ・・・そうだったのか。 「目標というのはマラソンでいうところのゴールだと誰かが言ってたけど」 「たしかにあいつの存在が、俺たちを導いてくれてたんだ」 手塚に勝ちたい。その思いが、自分をここまでテニスにのめりこませた。 「たしかに、手塚が居ないと今ほどは面白くないだろうな。高等部のテニス部は」 「でしょ?」 「それでも、お前は高等部に進むのか?外部受験せずに?」 「うん」 不二は目を閉じて微笑んだ。 「テニスばっかりやってきたじゃない、ボクたちって。だから、まだやりたいことをはっきり見つけられてないんだ」 「・・・・・・」 「ボクも考えようと思う。手塚があっちで頑張ってる間に。ボクも手塚に誇れるくらい頑張れるもの見つけたい」 どこまでも手塚を追いかけるという。 不二の穏やかな笑顔には、何の迷いもなかった。 だって、ここが好きだから。とても居心地のいい場所だったから。 「でもね、やっぱり思うんだよ」 「え?」 「テニス続けるか分からないって言ったけど、辞めても多分、どうせまたやりたくなるんだろうなって」 「・・・」 “好きだから” ――ああ・・・そうか・・・―― 「・・・同感だ」 今日の授業中、窓から覗く青空を見上げて何を思った? “テニスがしたいなぁ・・・” ――多分空を見上げるたび、自分は同じことを思う。 ぶっ、と乾は吹き出す。 「何笑ってるの?」 「いーや」 くしゃり、と手の中のプリントを握り締める。 ――まったく、我ながらどうしようもないな。 乾は片手で進路希望用紙を握りつぶした。 ――書き直さないとな。 「・・・乾、それもういらないの?」 「え・・・ああ、うん」 「ならちょうだい」 不二は乾の手から丸められたプリントを奪うと、広げて皺を伸ばし始めた。 そこに何が書かれてあるかは読めただろうに、彼は何も追及してこなかった。 「どうするんだ?」 不二は紙の端を三角に折り始めた。 「まさか・・・」 見る間に、紙飛行機が一つ出来上がる。 「一回屋上から飛ばしてみたかったんだよ。さぁ、どこまで飛ぶかな?」 面白そうに笑いながら不二は立ち上がる。 フェンスに手をかけた不二は、ヒュッと勢いよく紙飛行機を空に向かって飛ばした。 しわしわのプリントで出来たその紙飛行機は、不思議とどこまでも飛んでいった。 「?」 廊下の真ん中に紙切れが落ちていることに気付き、手塚は足を止めた。 手に取って見てみると、どうやらそれは紙飛行機のようで、どうしたのかやたら皺くちゃになっている。 ふと横を見ると、窓がそこだけ開いていた。 風に乗ってここから入って、廊下に落ちたのだろう。 「・・・・・・」 普段ならそのままゴミ箱に捨てるところだが、何となく手塚はその紙飛行機を開いてみた。 かさかさと広げると、驚いたことに見知った人間の名前がある。 「・・・何を考えているんだ、あいつは」 こんなものを捨てるとは。 (――仕方ない、届けてやるか) それがもう不要になったものとは知らず、手塚は紙飛行機を手に持って歩き出す。 進路希望用紙には、乾貞治の名前とともに、書きなぐったようなのたくった字で「進路希望 未定」の文字があった。 |