三つ目の不思議。
真夜中の家庭科室では、鬼婆が包丁を研いでいる。その音を聞いてしまったら、その包丁で襲われる。



「・・・というのが、三つ目の不思議。さあ、行ってみようか」
笑顔で指し示す不二に、桃城が額を押さえる。
「今度は誰が待ってるんスか・・・」
「それは、行ってみてのお楽しみ♪」

はあ、とため息も重く、三人は家庭科室の前に立っていた。
「帰りたい・・・」
「甘いっスよ海堂先輩。ここまで来たら腹くくりましょ」
「そうそう、毒食らわば何とやら、だ」
代表して桃城が、暗い家庭科室の扉に手をかけた。
しかし。

シャー・・・シャー・・・

家庭科室の中から、不気味な音が聞こえてくる。
扉にかけた手が、そのまま固まった。
「お、おい・・・この音・・・」
「・・・研いでるな」
「桃先輩、開けて」
リョーマが冷徹に言い放った。桃城がビクリと体を振るわせる。
「お、お前は鬼かよっ?!」
「開けないと始まらないでしょ。さっさと開けて」
どこまでも不遜な言葉が突き刺さる。
「さっさと開けろ、役立たず」
「マ・・・お前だって怖いだろーが!?」
半ば涙目になりながら、それでも桃城は頑張った。おそるおそる扉を開けて、三つの頭が家庭科室の中をのぞきこむ。

シャー・・・シャー・・・

日本昔話に出てきそうな、砥石で包丁を研ぐ音が響いている。

「・・・なんだ?どこから・・・」
「桃先輩、あれ・・・」
おそるおそるというふうに、リョーマが家庭科室の一角を指差した。

暗闇の中で、なぜかそこだけ赤いスポットライトがあたっている。

シャー・・・シャー・・・

誰かが、包丁を研いでいる。
日本昔話の鬼婆も真っ青に。

「うわ、馬鹿押すな・・・」
「てめーだろ!」
「ちょっと桃先輩、ジャマ・・・」
戸口から顔だけを出していた三人は、見事にバランスを崩した。
バタタタ・・・!と三人が家庭科室の床に倒れこむ。

「あいてて・・・」
「も、桃先輩!!」
「あ、何だよ・・・」
切羽詰ったリョーマの声に、振り返った桃城は固まった。

包丁を研いでいた人物が、ゆっくりと振り返ったのだ。
「・・・ふふふ」
赤いスポットライトの中で、出刃包丁を持った人物が不適に笑い出す。
「ふふ、ふふふふ・・・」
三人の顔から、血の気が引いていく。
「おい、あれってまさか・・・」
「まさか・・・」

「・・・ふふ、ふははは!バ――ニ――ング!!!」

「やっぱり河村先輩〜!!」
「ぬどりゃあっっ!!」
バーニング化しているタカさんは、手に持った包丁を思い切りぶん投げた。
ストーン!と目の前の床に突き刺さる。研ぎに研がれた包丁が鈍い光を放った。
「・・・・っ!?」
三人は今度こそ、本気で恐怖に震え上がった。
「タ、タカさん落ち着いて、タカさ〜ん!」
しかし河村の目は妖しく光ったままだった。これみよがしにペロリと包丁を舐めている。
「ひ〜〜っ!!」
「逃げるぞ!」
「おお!!」

桃城たちは一目散に扉にかじりついた。
ところが、だ。さっき自分たちが入ってきたはずの扉であるのに、押しても引いてもびくともしない。
「・・・開かないっ?!」
「そんなっ、どうして!」
「・・・フシュー!!」
すると扉の向こうから、実に呑気な声が聞こえてきた。
「ダメだよ、逃げちゃ」
「不二先輩!?」
どうやら扉の向こうから、不二がつっかえ棒をして押さえているらしい。
「開けてくださいよ、不二先輩!!」
「それじゃ肝だめしにならないだろ。言ったでしょ、リタイヤは出来ないって」
「だってタカさん完全にバーニングになってますよ?!」
「怖いでしょ、今回は」
得意げな不二の声が遠かった。
「怖いの意味が違います!!」

「ふ、ふふふふ・・・」
ぎくり、と三人は振り返った。
また河村が妖しく笑っている。その手にはまた、研ぎたての包丁が。
ストーン!と綺麗に、桃城の顔面すれすれに包丁が突き刺さった。
「ヒ――――ッ!!」
三人はいっせいに扉から飛びのいた。河村の目は完全にいっている。もはやバーニングどころの話ではない。
「不二先輩っ!あんたタカさんに何か盛ったでしょうっ?!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。三つ目の不思議は、襲ってくるタカさんを倒すこと。頑張ってクリアしてね」
「不二先輩ぃ―――っ!!」


「ふふふふ・・・おらおら、カモ――ンっ!!」
そう言われて誰が行くものか。
三人は完全に怯えきり、壁に手足をくっつけた。
「ぬどりゃああっ!バーニーングっ!!」
「うわああっっ!!」
またもや勢いよく包丁が投げられる。なんたってテニス選手、それもパワー系だ。日本昔話の鬼婆なんて目じゃない飛距離。
「・・・っぐ!」
今度は海堂の顔すれすれに飛んできた。
「何なんだよこれー!ありえねーっつのー!!」
しかし、叫んだところで状況はどうにもならない。なんたって家庭科室。包丁は何十本とあるのだ。
「てゆーか、なんで河村先輩あんなにブッ壊れてるんスか!」
「・・・あ!越前、見ろ!!」
桃城が指差した先。
バーニング河村の手には、包丁と一緒にラケットが握られていた。
「あれだ。あのラケットを何とか手放させることが出来れば、タカさんは沈静化する・・・!」
しかし、どうやって。
相次ぐ包丁攻撃によって、三人は河村に近づくことも出来ない。
言っている間にストーン!ストーン!と包丁は次から次へと飛んでくる。
「おい!バカ城!」
「なっ?!んだとコラ、マムシの野郎・・・!」
「ちょっと、こんなときに喧嘩しないで下さいよ!」
飛んでくる包丁を避けながらリョーマは二人のほうを振り返った。
「あれ・・・?」
しかし、そこにいた二人はいつもと様子が違っていた。
「・・・フン」
「ああ・・・」
なんか、通じ合っている。

「へ・・・?」
唖然とするリョーマを他所に。

「今回ばかりは、協力しねえとこの敵は倒せねえ」
「・・・フン、そういうことだ」
不器用ながら、二人の熱い視線が組み合わされる。
「・・・マム、いや海堂」
「桃城・・・」
がっと腕を組む、二人の目に確かな連帯の色が宿った。

「はあ・・・?」
リョーマを他所に、桃城と海堂の二人は機敏に動き出した。
「行くぜ海堂!」
「・・・ケッ!」
瞬間、二人は二手に分かれて走り出した。
バーニング河村の手が、どちらに包丁を差し向けようか一瞬迷いが生じた。

その隙を、二人は見逃さない。

「食らえ、中華用フライパン攻撃!」
大きなフライパンが、ブーメランのごとく河村に向かって飛んでいく。
「・・・フンッ!」
海堂がぶん投げたのは、フライ返しと網じゃくしの手裏剣だった。

「ファイヤー!!こんなの効くか、このガキんちょどもが――!!」
バーニング河村は包丁とラケットを振り回し、軽々と二人の攻撃を退けた。
「くっ・・・やはりフライパンじゃ駄目か!」
「フン・・・!」

「・・・いや、普通フライパン当たったら大怪我っスよ」
一人置いてけぼりのリョーマの突っ込みなど、もはやいきりたつ二人の耳には届かない。

「こうなったら海堂!最後の手段だ・・・!」
「てめえに言われるまでもねえ・・・!」
二人の視線が、がっちりと噛み合った。
風のような速さで二手に飛び、また走り出す。

「おらおらカモ――ン!ベイベー、俺を倒して見やがれ!!」
バーニング河村が吠える。
その正面から、全速力で走りながら桃城が飛び込んできた。
「ハッ!このピーチボーイズが! 猪みたいに突っ込んでくるだけで俺に勝てると思うなよ!!」
ちょっと懐かしいフレーズを口にしながら、河村は突っ込んでくる桃城に向かってダーツのように包丁を投げ飛ばした。

「桃先輩・・・!」

桃城の顔が、にやりと笑った。

「なに・・・?!」
飛んできた包丁は、桃城が顔の前で構えたまな板に突き刺さった。
「は・・・っ!」
桃城がくっと身を屈ませると、そこから大きく跳躍する海堂の姿が現れる。

―― 何、桃城は囮・・・?!

バーニング河村の顔が驚愕に染まる。
「うおおおおお――っっ!!」
ブーメランスネイクのように弧を描いて、海堂の蹴りが勢いよく河村に伸びた。
とっさに顔をかばった河村の手の、ラケットめがけて足が伸びる。
「ぐわああっ!!」
海堂の蹴りが、河村の右手に決まった。
ズウ・・・ンと地響きを立てながら、河村の巨体は床に沈んだ。

「はあっ・・・はあっ!」
海堂が肩で息をしている。限界を超えた疲労のせいか、その体がぐらりと傾いた。
「・・・?! てめえ・・・」
「へへ・・・っ」
倒れそうになった海堂の体を、桃城がしっかりと支えた。
「そうだ、ラケットは?!」
床に倒れた河村を、二人は慌てて覗き込んだ。その手からは、ラケットが外れている。

「タ、タカさ――んっ!!」
二人は河村に走りよった。そこにいたのはもう、バーニングではない。いつもの優しい河村だ。
「タカさん、しっかりして下さい!」
「う・・・、桃、海堂・・・」
「タカさん、すいません!俺たち、俺たち・・・!」
「いいんだ、よくやったよ二人とも・・・俺は嬉しいよ」
「先輩・・・!」
「泣くな海堂・・・あれだけ仲の悪かったお前たちが、こんなにも協力し合って・・・成長したな」
「せ、先輩・・・!!」


「・・・あのー」
なにやら感動の極みに達している連中。その輪に割って入る気にもなれず、リョーマは立ちすくんでいた。






「やあ、桃、海堂。お疲れ様」
家庭科室の扉を開けると、満面の笑顔の不二がそこにいた。
「・・・いや、ほんとマジで疲れました」
「・・・フシュー」
「力を合わせるということを学べたんだ。素晴らしいことじゃないか」
不二は満足げに、うんうんと頷いていた。桃城と海堂はというと、性も根も尽き果てたというようなげっそりと疲れた顔をしている。
一人リョーマだけが平気な顔で、ふわぁとあくびをかみ殺していた。
「・・・なんだかすげえ踊らされたような気がする」
「気付くの遅すぎっスよ」
冷たいリョーマの声に、ずしゃっと桃城は倒れこんだ。

「さて、行くよ。四つ目の不思議へ」
また優雅に不二は手で指し示す。三人もまた、懐中電灯のスイッチを入れた。
「ああ、もうどーにでもして下さい・・・」
「すっかり諦めの極地っスね、桃先輩」
「だってお前、残りのメンバー考えてみろよ。大体予想がつくだろうが・・・」

一つ目が菊丸、二つ目が大石。三つ目が河村だったし、不二はこうしてここにいる。
だとすれば、残すところのメンバーは・・・。

「乾先輩と、部長っスか」
「そういうことだ・・・ん、どうしたんだよ、マムシ?」
乾先輩、その言葉に、海堂の目が大きく揺れた。
しかし、その瞳はすぐに耐えるように伏せられる。
「・・・何でもねえよ」
「海堂、もしかして乾と何かあったのかい?」

的確な不二の言葉に、海堂の背中がビクリと揺れた。

「何だよ、ケンカしてんのか?」
「そーなの、海堂先輩?」
「・・・んでもねえ」
「ああ?」
「放っとけっつってんだろ!」

くるりと踵を返した海堂は、一人で先に歩き始めた。
後にはただ、訳も分からず疑問符を浮かべる桃城とリョーマが取り残されるのみ。

一体、乾と海堂の間に何があったのか?!
青春の甘酸っぱさ、実らなかった恋。色々予感しながら、次回へ続く。





BACK